幻視者のリアル

当代最も信頼できる評論家,千街晶之の『幻視者のリアル〜幻想ミステリの世界観』読了。
「なかなか興味深い@フィリップ」というわけで楽しんだのだが,やっぱり『水面の星座 水底の宝石〜ミステリの変容をふりかえる』の方が断然面白い。そりゃ,あれは日本三大ミステリ評論のひとつだし(他の二つは都筑道夫『黄色い部屋はいかに改装されたか?』と瀬戸川猛資『夜明けの睡魔〜海外ミステリの新しい波』),欠点といえば,帯の色が最低なこと(推理作家協会賞と本格ミステリ大賞受賞後のバージョンね)と本の中身のデザインがよろしくない(表紙はきれいなのに……活字の字体も気に入らないし,そもそも括弧書きの部分が小さすぎて読みにくい)ことと,もっと読みたい!と欲求不満に陥ってしまうことくらいの大傑作なので,比べること自体間違ってるとも思うのだが,この本が,評論とか文庫解説とかを集めたものだ,というところが,やはり弱いというか,散漫な印象を受けてしまう原因だろう。ここに収められた「『アンチ・ミステリー』という怪物」や「幻の馬車の両輪−中井英夫論」なんかには随分ワクワクドキドキさせられたが,いつか著者による幻想ミステリ評論の決定版(定義づけから何から)を読んでみたいものだ。
ところで,私は,いわゆる幻想ミステリなるものの良い読者ではない。幻想ミステリの定義自体ハッキリしない(この本でも,幻想ミステリとかアンチ・ミステリとかメタ・ミステリとかSFミステリとかが,いろいろ入り混じって出てくるんで,よく分からない)状態で言うのもなんなんだが,『匣の中の失楽』に魅力を感じないという一点で,「良くない読者」の資格充分だろう。そもそも「匣」が変換できないのがムカつく。そういえば「幻視者」が「原子者」って変換されちゃうのだが,これはご時世だからか?それはさておき,『狂い壁狂い窓』は好きだし,『霧越邸殺人事件』は気に入ってるし,館シリーズの最高傑作は『水車館の殺人』だと思うし,「その手の」作品が全部苦手というわけでもないらしい。でも,大抵の場合,「で,結局,なんやったんや?」とか「逃げたな」とか思わされる幻想ミステリという輩は好きになれない。そんな私に対してすら,「これ,読んでみようかな」「面白そうじゃねぇか@キャプテン・マーベラス」と思わせる著者の文章というのは,実になんとも罪な奴である。次に読むべき本をたくさんリストアップさせられてしまった。それにしても,この人の書く文章は,実に読みやすい。だからって浅いわけじゃない。内容は濃いのに分かりやすい,まるで栄養たっぷりで子どもが大好きな強い子のミロみたいな文章だ。評論家の褒め方としては間違ってるかも知れんが(視点とか切り口とか理屈そのものとかを褒めるべきなんでしょうね,すみません)。